かかしの旅
かかしの旅

稲葉真弓


 「かかしの旅」を書いているときたえず脳裏に浮かんでいたのは、一人の少年の遺書だった。鹿川裕史君、当時13歳。1986年2月、彼はこう書いて自ら命を絶った。「俺だってまだ死にたくない。だけどこのままじゃ”生きジゴクになっちゃうよ”」いじめを主題にした 「かかしの旅」は、私自身にとっても答えの見つからないしんどい仕事だった。

 この作品は、ある「夜廻り先生」への取材から生まれた。この先生の真摯な闘いが私の心を動かし、「救いの光」のようなものを見せてくれたのだった。

 主人公の卓郎も、ひとりの教師を小さな「救い」として、町で知り合った傷ついた者同士の触れ合いから、思いがけず「青空」が開ける場所に到達する。たまたま私は、映画の舞台となった富山でのロケを拝見させてもらったが、彼らがたどり着く「おばあちゃんの家」がなんとすばらしいユートピアに見えたことか。豊かな自然と、刻々と色を変える夏の空。が、そこは彼らの終点ではない。むしろ長い長い人生の、先の見えない出発点だ。しかし彼らのこのささやかな出発を祝福しないでなにが「未来」といえるだろう。

 最後に私は言いたい。どうにもならなくなったら、逃げていいんだ!でも、絶対に死んじゃいけないよ。いつかはきっと青空が見える日が来るはずだ。

 だから約束してほしい。今日を「生き抜くこと」を。